CBS Magazine vol.7
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■ これからの研究、そしてその先にあるもの、それは…「理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)第5期のテーマは『個人と集団のWell-beingダイナミクス』でとか社会的な学習といいますが、社会心理学で古くから研究されてきたトピックでもあり、イトヨとかグッピーといった小魚、ネズミ、鳥、ザトウクジラとかいろんな動物でも他者を模倣するという行動は知られています。模倣って、集団行動パターンをつくる一つのメインエンジンなんです。要するに、人が誰かを模倣すると、模倣した人を今度は別の誰かが模倣して、数珠つながりになって広まる。それが例えば、結果的に良い方向にいくのであれば集合知だろうし、変な行動をしているやつをまねて集合愚になることもある。当時はそこまで考えていなかったんですけど、親の行動を子どもが模倣するとか、あるいは親世代の誰かの行動を子世代の誰かが模倣することで、ある知識とか文化とか情報が、遺伝子じゃないパスで次の世代に伝わり得る訳です。文化的な情報がコピーされるということが、結局は文化や習慣的な行動を形成し、人を模倣するという単純な行動が、人間社会や文化の基礎的なビルディングブロックになっている。模倣することが重要な鍵なら、それをうまいこと定量的に説明ないし理解できる数理モデルをつくって、それを使って集団や社会のレベルで何が起こるか調べていくと、社会とか集団行動がどうなるか理論的な予測ができる。あるいは逆に、集団で何かが起こっているデータを見たら、数理モデルを使えばそれを裏打ちしている個人同士レベルでの仕組みを、リバースエンジニアリングというか、統計的に推量する道筋ができるんです。「この本(「人間性の進化的起源」次ページ参照)を読んでいるのですが、模倣していくことが人間らしさの進化につながっているという…。」そうです。模倣するということが、人間文化の基礎にもなっている。さらに一歩踏み込んでいえば、どのように言語体系が構築されてきたのか、どうやって大規模な協力行動のネットワークを築けたのか、どのように文化が生まれてきたのか、といった人間らしい部分を説明できる。ただ、文化を持っている動物はいっぱいいるけど、人間の文化はどんどん積み重なっていくという特徴がある。その理由については、一筋縄ではいかなくて、いろんな要因が複雑にフィードバックしあって、たまたま何個かの条件がそろって上手くそれが走りだしたら文化進化が止まらなくなるのではないかと考えられます。すが、どのような研究を今後やりたいですか。」科学的にWell-beingとはどういう状態かを明らかにしたいとか、応用としてWell-beingな世界を創る時にどういうストラテジーがあり得るかとか考える際、個人としてあるいは集団としてのWell-beingという二つの軸を考えていくのが第5期の目標です。何を「良い状態=Well-being」とするかというフィロソフィーは流動的だけど、その定義によらず、人々の行動と社会の状態との間の相関というか、関係性は定量的に調べられる。それはWell-beingを理解する上で絶対に避けられないし、その部分で自分の研究は必要だと思っています。さらに、BTCCは研究だけでなく社会との共創や一般市民と関わっていくのも重要だと感じています。これまでの研究は、集合知といっても消費者行動とか、ネット上での口コミサイトでどのくらい人の意見を参考にすると良いかみたいな、日常的な社会現象とか自然現象が対象だったんですけど、もうちょっと時間的に深いというか、長い目で見た時に技術や社会の進化がどうなっていくかとか、長い時間尺で集団行動のダイナミクスがどう関わるかということを、数理モデル実験をとおしてやりたい。経済制度とか政治制度がある中で、オピニオンダイナミクスというんですけど、どうやって他人から影響を受けて意見を変えるかということを数理モデル化することを最近試しています。脳の役割は情報処理をして計算することだとして、では社会学習で何をやっているかというと、その情報処理と計算の一部を他者に外注して、その結果をフィードバックして活用しながら自分で学習することなんです。つまり、社会学習は脳機能のシステムに組み込まれているんですよね。社会的なつながりで処理される情報というのも脳機能の一部だと考える自然観というか人間観というのを、研究をとおして理解できたらと思っています。結局それは、AIとどう付き合っていくかとか、今後、機械と一緒に生きるってどういうことかを考える時の考え方の出発点の一つになる。機械と人間、と考えるんじゃなくて、脳機能がソーシャルインタラクションだとするなら、そこの外注先の一つがAIかもしれないけど、ある種それも一つの人間性として見ることができる。そういう人間観みたいなものを、提示まではいかなくても、考える足掛かりになっていく研究がしたいなと思っています。■ 取材日:2024年3月1日

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