Cutting-edge Research小尾:あと、健常な個体にも巨大スパインは一定数あります。すごく少ないんですが、何とか見つけ出して同じ実験をしたことがあるんですよ。すると健常マウスでも少数の巨大スパインを活性化すると神経細胞の活動が見られる。統合失調症モデルマウスと同じことが起きる。つまり巨大スパインそのものが何か機能的におかしいんじゃなくて、巨大スパイン内で起こっている分子現象は通常のスパインで起きる分子現象と大差がないけれど、サイズが大きいことで神経細胞の活動が起きやすくなってしまっているだけなのかもしれない。だとすると、なおのこと簡単には制御できないなと思います。林(高木):だからこそ、リバーストランスレーションという研究のやり方が重要だと考えています。これまでの臨床研究は、患者さんで見つかる遺伝子の変異をマウスに導入した疾患のモデルマウスを使って、例えばシナプスでどういう現象が起きているのか調べて変の巨大スパインの体積は大体0.27フェムトリットル(fL)なんですよ。0.27fLというのは使われる薬剤の脳内濃度が100 ナノモーラー(nM)だとすると、薬分子が巨大スパイン内に約16分子あるという計算になります。典型的なサイズのスパインでも一つのシナプス肥厚部に10万もの分子がうごめいていて、巨大スパインのシナプス肥厚部ならば桁違いな数の分子が詰まっている筈です。16個やそこらの分子をピンポイントで巨大スパインに届けてそこで起きている分子の現象を制御することが想像できないんです。巨大スパイン特異的に存在する分子があって、その分子に特異的に作用する化合物が見つかれば良いでしょうが、おそらくそんな分子はないでしょう。つまり普通のシナプスだって、同じような分子の現象が起きているので、そこにも作用してしまう。調が起こっている部分を探し当てる、そのメカニズムを研究する、という流れが主流でした。この積み上げ型研究は変わらず重要です。一方でリバーストランスレーショナル研究は、患者さんで起こっている現象から出発して、そのメカニズムを基礎研究で解き明かしていくやり方です。これが大事だと最近実感しています。統合失調症には、いろいろお薬を試してもよく効くものがない場合に行う、電気けいれん療法(ECT)という治療法があります。脳に電流を流す治療法で高い治療効果がありますが、なぜ効くのか、そのメカニズムは分かっていない。ですから例えばこのような既に臨床で有効と言われている治療法が巨大シナプスを介した作用による症状を緩和する可能性を探っていきたい。その治療効果のメカニズムが理解できれば、その手法の原理に立脚した改善が可能になると思います。もう一つ重要だと感じているのはヒト脳のシステムの観点からの研究です。脳の回路同士がどのように作用して実際の行動につながるか、というようなシステムレベルの研究が目覚ましく発展し、システムレベルの脳活動を非侵襲的に制御するDecNefという手法も開発されています。統合失調症であらわれる幻聴は聴覚回路における巨大スパインの影響により症状が出てしまっているのかもしれない。例えばじんわりとマイルドにスパインの働きを制御するお薬と、こうした特定の脳回路の活動の制御を組み合わせることで、より有効な新しい治療法につながるかもしれません。疾患モデル動物を使った基礎研究、患者さんで起こっている現象から出発するリバーストランスレーショナル研究、脳のシステムレベルの研究の三つを組み合わせて、総合的に精神疾患研究を進めていきたいと考えています。もっと言うとこの三つを進めてもなお、アプローチできない領域があって、そこは数理研究や理論研究で埋めていく必要があります。今回の論文でも理論の専門家として、上智大学の田中昌司教授に参画してもらっています。また今進めている研究に関しても、CBSにいる理論系の磯村拓哉ユニットリーダーや豊泉太郎チームリーダーと意見交換していますが、発想が新鮮というか、バイオロジストは普通考えない尺度でものを考えますよね。これからの精神疾患研究には数理研究者との連携が必須だと感じています。こうした新しいやり方で、統合失調症をはじめとした精神疾患の治療法につながる成果を今後も生み出していきたいと思います。■ 取材日:2024年2月26日
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