CBS Magazine vol.8
8/16

Cutting-edge Research■ 未来の位置を示してくれる細胞「今回の論文の成果を簡単に教えていただけますか。」大内:自分が目的地に向かうときに、将来の経路を認識してくれるような神経細胞を脳の嗅内皮質という場所で発見しました。予測的格子細胞と名付けたこの細胞は、動物が将来移動する数十センチ先の位置に対してその空間を格子状に表現していました。「分かるような、分からないような…」藤澤:ちょっと背景の説明が必要ですね。私たちの脳には自分の位置を認識するいわばGPSのようなシステムがあります。とは言ってもスマホなどのGPSとは違って、私たちの脳内GPSには外から脳に情報を送る仕組みはありません。ですから「自分のいる空間」と「その中の自分の位置」を脳内に再構築する必要があります。この再構築を支えるのが、脳の海馬とそこと連絡している嗅内皮質です。嗅内皮質には、動物が空間内における規則正しい六角形の格子点の場所を通過するときに活動する格子細胞と呼ばれる細胞が存在し、「自分のいる空間」の座標系が表されています。その情報を受けて海馬の場所細胞と呼ばれる神経細胞が、動物が今現在いる場所に対応して活動し、「その空間の中の自分の位置」を認識していると考えられています。これらの細胞を発見したジョン・オキーフ博士とメイブリッドおよびエドバルド・モーザー博士らは2014年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼らの研究から明らかになってきたのは、動物が自分の現在の位置を認識する仕組みですが、一方で、動物がこれから移動する将来の位置の空間情報を認識する仕組みについては分かっていなかったのです。大内:少し専門的な話ですけど、海馬にはシータ波という8~12ヘルツぐらいの脳波があって、その波のどの位相で細胞が活動するかによって、過去、現在や未来の情報を表している、つまり符号化されているという考えがありまして、実際に過去や現在の情報の符号化についてはすでに発見されていました。ですから、私たちは未来に当たるところの位相で活動するような細胞が嗅内皮質にあるんじゃないか、という仮説を立てて研究をしていました。藤澤:視覚にしても聴覚にしても、脳で処理する情報は一瞬一瞬で切り取られたもので、それらを連続したもの、物語にするのが海馬の一つの機能です。過去から現在、未来へと、途切れた時間を一つにつなげていく中で、嗅内皮質の第3層から海馬への入力が将来の情報を送っているはずだ、という仮説を持って探していたんです。■ 行動タスクの工夫により、見えてきた格子状の活動パターン「競争が激しい研究テーマだと思いますが、勝因は何ですか。最新の超小型高密度電極を使ったことにより、沢山の神経活動のデータが取れたことでしょうか。」藤澤:いや、それは別の人でも十分、沢山取っていたんです。むしろ仮説ですね。大内:あとは動物が行う行動課題、つまり行動タスクです。タスクの設定の仕方というところが肝だったと思います。2次元をトラックごとに行き来させて、1次元でも切りとって活動を見ることができる今回のようなタスクは、世界で初めてです。藤澤:柵で囲まれた2m四方のスペースにおいて、

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る