(注1)出典:国立がん研究センター「生涯累積罹患リスク」(注2)Asabuki, T and Fukai, T.: "Somatodendritic consistency check for temporal feature segmentation." Nature Communications, 11:1554.(2020).「これからやりたい研究を教えてください。」ネットワークが複雑に連携しながら学習する点こそが、脳の驚異的な特徴だと考えています。そのため、今後は複数のネットワークが協力し合い、お互いに予測しながら学習するようなモデルを構築したいと考えています。便宜的に、視覚野とか何々野って私たちはよんでいますけど、本当は、脳をそんなにきれいに切り分けられず、全部が連動しています。冗長でありながらお互い連携して、こんなにも柔軟に脳が機能しているのだと思うし、そのモデルを作りたいです。連携し合うと一言でいってもいろんな形があると思いますが、まずは階層性に着目し、階層的処理を考え直したいと思っています。「RIKEN CBSは、そういう研究をするのによい環境だと思いますか。」はい。理論の研究室なので数理モデルを作るけど、理論だけに縛られないようにしたいです。やっぱり、最終的には実験で確かめた方が、広がりのある研究となるでしょう。実際、既に実験系の研究室との共同研究が始まっています。RIKEN CBSのように、理論と実験の研究室がこれほど近くにある研究所は、世界的に見ても滅多にありません。ここで研究したいと学生の頃からずっと思っていました。「研究をする上での大きな目標はありますか。」自分にとっての大切な目標は、脳の仕組みを知ることです。今、AIが急速に発展しており、それが人々の生活をいろいろ助けてくれて、誰しもがその恩恵を受けています。でも、このままAIが発展していったときに、人は本当に幸せになれるのでしょうか?今のままAIが人っぽくなってしまうと、自分とAIの違いって何だろう?と、私たちは思ってしまうかもしれません。理論の研究は、AIを人っぽくするという方向でももちろん貢献できますし、それは間違いなく重要なことです。しかし、人が人らしく生きるためのヒントを見つけることも、それと同じくらい大切だと思っています。そのような研究を続けることこそが、私が今後一番やりたいことであり、いつか多くの人の助けになると信じています。■ 取材日:2024年10月7日うのが一つの発見というか、樹状突起の役割としての新たな仮説といえます。「ネットワーク全体に関わる研究だけれど、1個の神経細胞を見て数理モデルを作った、ということなのですね。」そうです。まずは1個のニューロンで何ができるかというところから出発したかったんです。こういう発想ができたのも、学部の時に早稲田大学の井上貴文先生のもとで1個のニューロンのシナプスを実験的に電気生理で調べた経験があったからだと思います。ロンドンでは、1個の細胞の中で予測して学習するモデルを発展させて、ネットワークで学習したらどうなるのか、研究しました。脳の結合の構造は、「外部入力由来の結合」と「脳の中でのフィードバックの結合」を比べると、フィードバックのほうが圧倒的に多いことが知られています。これは、脳は単に受動的に外界の情報を受けて反応するだけではなく、自発的な活動を行っていることを示唆しています。ではこの自発活動は何を表現しているかというと、外界の「内部モデル」を表しているのではないかと近年提唱されています。例えば、物を見てその情報を処理する場所は視覚野といわれていますが、目を閉じているときに活動しないのかというと、そんなことはない。この、目を閉じているときの活動が自発活動です。面白いのが、物を見たときの神経活動パターンと自発活動のパターンを比較すると、よく似ているということです。しかも、フェレットを用いた実験では、こうした活動の類似性は学習が進むにつれて増大することが示されています。これがまさに内部モデルの学習です。外の構造をモデルとして内部に保持している。複雑に移り変わる外界の構造を自発活動に埋め込むためのシナプス可塑性のモデルを作ったのが、ロンドンでの仕事の一つです。
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