るのかを樹状突起に学習させる、というような数理モデルを、シナプス可塑性のモデルとして考えました。そして、樹状突起が細胞体の活動を予測するような学習則を紙と鉛筆で計算し、シナプス可塑性のルールを見つけました。樹状突起による細胞体活動の予測学習は、すでにベルン大学のWalter Senn教授らが提案していましたが、彼らのモデルでは、細胞体の活動は外部からの教師信号により駆動されており、樹状突起と細胞体の相互作用がいかに学習にとって重要かは明らかではありませんでした。さらに、そのルールを使って学習すると、同じモデルで複数のタスクが解けるということが分かりました。脳が学習するときは、常に聴覚情報とか視覚情報とかが時系列のデータとして入りますが、その中にいくつか決まりきったパターンみたいなものがあります。例えば言語だったら、単語は固まりですよね。決まりきった文字の固まり。こういう決まりきったパターンを、このルールを使えば、ランダムな時系列から切り出すこともできるし、音源の分離もできる。例えば、コンサートホールにいて曲を聴いている時、目をつぶっていてもピアノの音にフォーカスしたり、バイオリンにフォーカスしたりできますよね。同じように、音が混ざった状態で細胞に入力があったとして、発見したルールで学習すると、音の分離を行えることが分かりました。「それは、モデルとしてそうなるということですよね。」そうです。実際の単一ニューロンが本当にこんな計算をやっているかは分からないです。この研究の大事な点としては、1個のニューロンであっても、少し構造を考えるとこれだけのことができるということです。ネットワークを考えなくても、一つのニューロンだけでこういう複雑に見えるタスクをこなせてしまうといClopathラボで研究したかったというのが、ロンドンに移った理由の70%。残りの30%は…妻がテンペラという技法で西洋画を描いている画家なのですが、ずっとヴィクトリア&アルバート博物館に行きたいと言っていて、地図で調べたらインペリアル・カレッジのワンブロック先がその美術館だったんです。じゃあ、ロンドンに2人で暮らそう、という流れで一緒に引っ越しました。「これまでの研究を、教えてください。」これまで、全ての論文でシナプス可塑性のモデルを作っていますが、特に目立った成果として、2020年に “Nature Communications” (注2)に掲載された論文を紹介したいと思います。ニューロンを模した素子が結合して構成されるニューラルネットワークは、機械学習やAIの分野で広く活用されています。しかし、ほとんどのモデルは非常に単純化されており、各ニューロンは基本的に「点」として扱われています。でも実際の、例えば大脳皮質のニューロンを見ると、単純な点ではなくて空間的な構造を持っています。細胞のメイン部分の「細胞体」と、長く伸びたアンテナのような「樹状突起」とよばれる部分と、大きく分けてこの二つから成り立っています。では、ニューロンが持っているこの樹状突起と細胞体は何のためにあるのか、この二つの構造があることでどういう利点が学習にあるのかを調べたいと思って、細胞体と樹状突起から成る一つのニューロンのモデルを考えました。ざっくり言うと、細胞体は細胞自身の出力、つまり電気活動を他のニューロンに伝えるという役割があって、樹状突起は他のニューロンから入力を受け取るレシーバーのような役割を果たしています。樹状突起で入力が統合されてそれが細胞体に届いて、細胞体はその受け取った信号をもとに電気活動を次のニューロンに伝えています。ですが、次のニューロンに活動を伝えると同時に、この細胞体の活動が樹状突起へ逆流しているんです。戻って何をしているかというと、樹状突起に結合しているほかのニューロンからの投射を受けているシナプスの可塑性を引き起こしているというのが実験的に知られていて、この活動の機能的な意義は何なのかを調べました。樹状突起は単純なアンテナではなく、受け取った入力をもとにして細胞体の活動を予測する学習を起こしているのではないかという仮説を立てました。つまり、樹状突起が入力を受け取ってそれを細胞体に伝えると細胞体が活動しますが、細胞体の活動がどうなってい
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