CBS Magazine vol.7
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Cutting-edge Research「なぜスパインに注目したのでしょうか。」林(高木):統合失調症に関しては遺伝要因が8割、環境要因が2割と言われています。ではどんな遺伝子が多いかというと、もう圧倒的にシナプスなんです。統合失調症の原因にシナプスが関わっている、という仮説に異論を唱える人はほとんどいないと思います。私自身、シナプス、スパインを2007年からずっと研究していて、2010年頃には統合失調症モデルマウスの脳に大きなスパインがあることを報告しています。でもそれがどのように統合失調症につながるかはなかなか分からなかった。なぜなら脳の一つの階層だけを調べても答えが出ないからです。スパインを活性化するとシナ「シナプス民主主義」と呼ぶ研究者もいます。このシナプスにおいて前の神経細胞から情報を受け取る、トゲのように膨らんだ構造をスパインと呼びますが、最近の研究から、統合失調症という精神疾患の患者さんの脳には、特にサイズの大きな巨大スパインが多くみつかることが分かってきました。今回私たちは、統合失調症モデルマウスの脳において、少ない数の巨大スパインを活性化するだけで神経細胞が活動することを示しました。つまり統合失調症の一部では、少数の巨大スパインを介した非常に強いシナプス入力だけで神経細胞の活動が決定付けられている可能性があり、これが統合失調症発症のメカニズムの一つの重要なファクターになり得ることを示しました。林(高木):統合失調症は、考えがまとまりにくいとか幻聴が聞こえるといった症状を示す精神疾患で、10代、20代の若い世代で発症することが多いのですが、その発症メカニズムについては、いくつかの仮説が提唱されているもののまだ解明されていません。これまで巨大スパインの機能面まで調べた例はなく、世界で初めてとなります。プスに何が起きて、樹状突起に何が起こって、細胞でどうなって、それがどう行動につながって、という多階層精神医学をやらなければいけないと当時からずっと思っていました。ようやく最近それができるようになってきたところです。「スパインを人工的に操作してその影響を見るという実験は、ものすごく難しそうです。」林(高木):今回やった実験は、パッチクランプという手法で神経細胞の活動状態を測定しつつ、2光子顕微鏡でイメージングしながら巨大スパインを探し当てて、それを今度は別の2光子レーザーで活性化し、神経細胞にどのような影響が出るか見るというものです。この実験は本当に大変で、ラボメンバーの鈴木紀光さんと小尾さんとで頑張って時間をかけてデータを集めてくれました。小尾:パッチクランプ法は細胞体にガラスピペット状の電極を吸いつけて細胞内外の電位差を測るのですが、ピペットから蛍光色素を神経細胞に注入して神経細胞全体を染めるとスパインの構造が見えてくる。ところがスパインは、細胞体から結構離れた、軸索から分岐していく先の領域に多いので、蛍光色素がそこまで広がる20分くらいの間待たないといけない。20分待って巨大スパインが見つからなければ、また別の神経細胞にパッチクランプをするところからやり直しです。統合失調症モデルマウスの脳には巨大スパインが多いとはいえ、全部が巨大スパインという訳ではないので、なかなか見つからないこともあります。しかも巨大スパインが見つかったとして、今度はその巨大スパインが深い位置にあると活性化できないんです。ある波長の光を当てると活性化されるグルタミン酸を使うのですが、その試薬が深いところまで染みこまないのです。「つまり細胞体とだいたい同じ平面にスパインがないといけない、ということですか。」小尾:なるべくそうなるように脳をスライスしているんですけど、必ず上手くいく訳ではない。スパインを活性化する試薬は別のガラスピペットに入れて、パッチした神経細胞のスパインがある領域に試薬液の流れを当てています。ガラスピペットが2、3本刺さっていて、レーザーを当てて、顕微鏡のレンズもあって、という状態でようやく実験が始まる。林(高木):この実験は本当にむちゃくちゃ難しい。でも原理的には絶対できるから、私は励ますだけなんです。「原理的にはできるから、頑張って!」と(笑)小尾:巨大スパインを複数個、同時に刺激する実験も、例えば8個の巨大スパインを活性化しようと思ったら

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