Cutting-edge Researchベーションがありました。一方で、豊泉先生の昔のお仕事に「情報量最大化シナプス可塑性則」があります。脳ネットワーク内でやり取りする情報を最大化するように、神経細胞同士のつなぎ目であるシナプスの強さが変化しシナプス可塑性を示すという法則なのですが、この法則が睡眠にも関係するのではと思ったのです。豊泉:情報量最大化は別に僕が最初に言いだした訳じゃないんです。動物の生存のために脳が効率的に働いているとすれば、シナプスも効率的に情報を伝えているはず、という仮説は以前からあった。その仮説に基づいてカリカリ計算してみたら、シナプスに関するいろんな実験結果を説明できた、という仕事なんですね。ものすごく単純に言うと、生物というのはすごく複雑で捉えどころがないけども、経験に応じたシナプスの変化は「よりよく情報を伝えられるようにする」という簡単な仮説で説明できる、ということです。それを踏まえて僕が解釈した吉田さんの狙いは、睡眠中の学習もやっぱり捉えどころがないけれど、一般的な情報量最大化という簡単な仮説でどこまで説明できるかやってみよう、みたいな感じかなと。吉田:はい、睡眠に関しては簡単な原理がなかったので、そういうモチベーションです。豊泉:僕は吉田さんの発想に驚いたんです。寝ている時は何の情報も脳に入らないし情報量を最大化する必要あるのかなって。でもよくよく考えると寝ていても脳の領野間で情報のやり取りはある訳で、むしろ寝ている時に情報のやり取りの練習をしておいた方が起きた時に効率がよくなると言われれば、いや、そのとおりだなと思って。吉田:睡眠研究の分野では、睡眠は学習にメリットがあると信じて疑わない(笑)だから睡眠においても情報処理がすごく大切なはず、という発想が出てきたのかもしれません。結果、先ほど話したグローバルな徐波のアップ状態は記憶の定着を、ローカルな徐波のアップ状態は記憶の忘却を誘導するという実験結果も僕の理論で説明することができました。鍵はシナプスのコストを導入することで「情報を効率よく伝えるシナプスを強化し、そうでないものを減弱する」という性質を理解することでした。豊泉:脳がシナプスを維持するのに必要な代謝コストと言えますね。情報は効率よく伝えたいけれど、シナプスをメンテナンスするコストは抑えたい。それも込みで情報量最大化。吉田:そういうことです。豊泉:吉田さんはこのような簡単な仮定によって、睡眠「理論だからこそ到達し得る仮説、というようにも感じます。」吉田:そこはそうだと思っていますね。豊泉:吉田さんはそういう意味でちょっと驚きな仮説を提案したんですよね。もちろんこれが真実かどうかは検証していかないと分からないんだけど、仮説としてはすごく斬新ですね。■ 20年越しのブレイクスルー、その先に期待「吉田さんの研究の今後を教えてください。」吉田:睡眠を情報量だけで全部、説明できる訳ではないと思っていて、睡眠中の他の側面の原理を考えるというのが、直近のフューチャープランです。長期的には、脳の学習はどう優れているんだろう、ということが一番知りたい。その中で睡眠に着目するのは可能性があるのかな、と思っています。睡眠はタコや線虫などにもあり、すごく普遍的なのに、学習における意義があまり分かっていない。睡眠は余計なインプットが入らないという点でも、脳の学習メカニズムのコアの部分を研究できるよいモデルなのではないかと思います。豊泉:僕が情報量最大化の学習則の仕事をしたのは、大学院生の時です。その時は自分の研究成果をどう発展させていいか分からなかった。でも吉田さんが来て、20年越しに発展させちゃった。だから今の時点で明らかじゃなくても、いつまたこのモデルから何か新しい研究が始まるか分からない。吉田さんの今後に期待しています。中に起こるシナプスの変化を説明しちゃったんです。脳ネットワークにおいては広範囲のニューロンが活性化した状態だと周りから抑制がかかって、ニューロンの活動度が下がると予想されます。吉田さんの理論では、グローバルな徐波のアップ状態では、この周りからの抑制効果でノイズが抑えられ、情報を伝えやすい状況になる。だからシナプスをより強化し、記憶が定着することになる。逆にローカルな徐波のアップ状態では、ニューロンの活動度が上がりノイズが高くなって情報を伝えにくい。メンテナンスコストもあるからシナプスを減弱する方が良い。だから記憶を忘却することになる、と説明しちゃったんですよね。吉田:二つのネットワークの活動状態のバランスの結果、シナプスレベルの最終アウトプットが記憶の定着か忘却かのどちらかとなる、その計算原理を発見したということです。■ 取材日:2023年9月1日
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