「2014年の"Neuron"の論文*1について教えてください。」動物が何かの情報を受け取って結論を出すというのは結構普遍的だと思っていました。視覚で言うと、例えば魚の場合小さくて動く刺激を見せると餌だと思ってそれを捕食する行動に出るんですけど、これはどの魚でも同じような行動が見られるというすごく頑丈なシステムです。そういった普遍的なシステムを調べれば、そのメカニズムというのが分かってくるんじゃないかと思ったんです。ただゼブラフィッシュを使い始めた最初のうちは大変でした。モデル動物が違うと、実験の感覚や、計画をどうやって立てればいいのかとかまったく違います。ニワトリはそもそも掛け合わせがないし、プログラミングでデータ解析をしたり、実験系を組んだりとか必要になったので、その辺は本当に一から勉強して、という感じでした。その後、ドイツのマックスプランク研究所へ。ドイツには6年位いましたが、自分のやりたい研究をサポートしてくれる、研究所の環境がすごく良かったです。研究所が終身雇用しているスタッフがいるんですが、いろいろな研究室に数年ごとに配属されるから研究のキャリアがあってなんでもできる。そういう人と一緒に、沢山遺伝子改変ゼブラフィッシュを作ることができました。ドイツと言えばビールですが、私はお酒を飲まないんです。でもビールは安くておいしいとみんな言っていました。ミュンヘンにいたんですが、小麦が多いヴァイツェンというビールが人気で。夏だと8時とか9時位まで明るいのでみんなでビアガーデンに行ってビールを飲みました。私はアップルジュールを飲みながら参加していましたけど(笑)ドイツでは変なプレッシャーがなくて、研究が自由にできて、とてもやりやすかったです。困ったのは、日曜日にお店が全部閉まること。スーパーも日曜日はまったくやってないですし、平日も8時でお店が全部閉まるので、みんな早く帰らないといけない。でも、仕事が終わったらみんな5時とか6時とかに帰って家族と過ごしたり、それこそビアガーデンに行ったりするので、ストレスは少なかったです。ドイツで出産したのですが、ドイツで子どもを育てていく自信があまりなくて、研究者と子育てを両立するのはそれだけでも大変なので、日本で研究するのがベストなんじゃないかなと思って帰国しました。国立遺伝学研究所に移ったのですが、遺伝研はその名の通り遺伝学の研究所で、遺伝情報がどうやって次世代の細胞に受け継がれていくかという研究のメッカです。研究を続けるうちに、神経科学の研究を続けるなら、もうちょっといろんな神経関係の研究室が周りにある環境がいいなと思うようになりました。理化学研究所脳神経科学研究センター(CBS)は実験の神経科学の研究者だけじゃなく、理論の方もいるし、ヒトのfMRIとか病気のことを研究している方もいるし、そういった環境というのがすごく魅力的で。動物が動く時って、視野というのは相対的にずれますよね。動物が前へ行けば視野は後ろに行く。それで自分自身が前に動いているのか後ろに動いているのかというのを判断するんですけど、それにも大きく分けて二つのパターンがあります。例えば、右目と左目で両方とも後ろに行っていると、自分が前進しているのが分かるんですけど、右目で前、左目で後ろだと、自分は回転していると感じるんです。それは右目と左目の情報を合わせることで分かるんですけど、それに関係する細胞がどこにあるかというのはよく分かっていなかったんですね。私たちは、ゼブラフィッシュの脳を直接観察して、たくさんの神経細胞の反応を調べることで、視野が前後に動くパターンに反応する細胞と、回転するパターンに反応する細胞が違って、それを区別できる機構があるということを見つけたんです。視覚刺激には8パターンあります。そして、8個の刺激のそれぞれに対して細胞が応答する、応答しないという二つの可能性があって、その二つの可能性が8回組み合わせであるということは、2の8乗、256になります。その256個の可能性それぞれに理想的な反応パターンがあるんですけど、それがお手本という感じです。実際にイメージング実験で得られた反応パターンが256個のお手本のうちどれに一番近いか、というのを3,000個位のニューロンについて相関を調べて分類しました。つまり、256個すべて考えられ得るパターンについて、偏見とか前知識なしで分類してみたらどうなるか見てみようとしたんです。すると、256個の反応パターンの全部が同じ頻度で含まれているのではなくて、そのうちの特定の反応パターンがやっぱり多くて、どの動きパターンが優先的に情報処理されているかについて、規則性があるということが分かりました。その規則性を見てみると、前後方向の動きと回転する動きに対する反応が異なる細胞があって、こういった細胞が視野の前後移動と回転を区別していることが分かりました。マウスにもそういう細胞があるという
元のページ ../index.html#5