Cutting-edge Research「どのようなメカニズムで神経細胞の成長や個体の行動に影響が出ているのでしょうか。」遠藤: TTC3はリボソームの小さい方のサブユニットに結合し、翻訳の開始を抑えるらしいことを明らかにしましたが、他にどのような機能を持つのかよく分かっていません。ですから、翻訳が止まって本来作られるはずのタンパク質が作られないから影響が出るのか、TTC3自体が何か作用しているのか、まだ分かりません。培養神経細胞のレベルでは、未成熟な時期だけにRQCの破綻の影響が観察されたため、発達段階に特異的な影響だと考えています。神経細胞が発達していく時期に翻訳の品質管理が非常に重要になってくるのかもしれません。今回、Ltn1欠損マウスにおいてTTC3遺伝子発現を抑制すると、一部の行動変化に関しては改善することも明らかにしました。これはRQCの破綻の影響が不可逆的ではなく、TTC3の働きを抑えればある程度修復できるということを示す、期待の持てる結果だと思います。またTTC3は神経系で高く発現しているので、神経細胞特異的なRQC機構というのがあるのかもしれない、とも考えています。田中:神経細胞は他の細胞と違って分裂しないので、通常、翻訳レベルはとても低いんです。つまり、そこRQCが上手く働かないことが認知障害や発達障害などを引き起こしている可能性を示しました。RQCに関わる因子であるLtn1が働かないマウス(Ltn1欠損マウス)の神経細胞におけるタンパク質の変化を網羅的に調べると、TTC3というタンパク質が著しく増加していました。一方で、このLtn1欠損マウスでは神経細胞の発達の遅れが見られ、発達障害の一つである自閉スペクトラム症や認知障害に関連した行動の変化を示したのです。田中:Ltn1欠損マウスの神経細胞では、TTC3というタンパク質が10倍以上といった普通では考えられない値で跳ね上がっていたのです。他にもタンパク質のUFM1化という現象に関する因子も上がっていたんですが、このUMF1化はTTC3を安定化させることが分かったので、TTC3の蓄積にも影響していると考えています。RQCが破綻した状態でリボソームがまた翻訳を始めてしまうと、不完全なタンパク質が溜まる一方になってしまうので、TTC3を増やして翻訳の開始を止めていると考えられます。これは本来細胞を守るリスク管理の仕組みなのですが、いわば諸刃の剣となって神経細胞の発達まで阻害してしまい、その結果、正常な行動ができなくなってしまうようです。■ 世界でオンリーワンの研究「この研究で大変だったこと、わくわくしたことは何ですか。」遠藤:大変だったことは…最初の手がかりをつかむまで、ですかね。RQCの破綻によるタンパク質変化の網羅的スクリーニングの結果が出るまでは苦労しました。あとはTTC3の情報があまりなく、実験を進めることが困難な部分もありました。研究者は誰でも世界初を目指していますから、情報のない因子を同定するのは嬉しいことではあるのですが、その分、苦労もあります。田中:TTC3を検出するのに必須な抗体も、自分たちで一から作ったんですよね。遠藤:市販の抗体を片っ端から買ったんですが、あまり良いものではなく、新たに作りました。ツールもあれこれ自分たちで準備しました。田中:そういう意味では、実験技術面でもリソース面でも、RQCにおけるタンパク質の動態から動物の行動まで研究できるところは、理研の強みを生かせたのではと思います。特にこのプロジェクトは遠藤さんが色々とサポートを受けながら精力的に進めていますから、世界でオンリーワンと言ってもいいんじゃないかと思います。遠藤:改めてそう言われると恥ずかしいですね(笑)■ 夢は心に!基礎研究の力で精神神経疾患を理解する「お二人の夢を教えてください。」遠藤:夢…。ちょっと恥ずかしいのでやめておきます。夢は心に留めておいて叶ったら言います(笑)田中:何とかして基礎研究の力で神経疾患の患者さんの手助けになるような貢献をしたいと思っています。今回の研究で言うと、TTC3がダウン症に関わっているかもしれないという報告があるんです。ダウン症では21番目の染色体が1本余計に増えてしまいます。その増えている領域の中から発症に関連する遺伝子を絞り込む研究が進んでいて、TTC3は有力候補の一つなんですが、これまでほとんど研究が進んでいなかったんです。今回の私たちの研究がこうした分野の突破口となることを期待しています。で作られ、使われるタンパク質の絶対量は多くはない。だから異常タンパク質が作られてしまうと、正常に働くタンパク質が枯渇して影響が出やすいのかもしれない。その意味で神経細胞では翻訳の品質管理がより大事なのかもしれないですね。■ 取材日:2023年9月15日
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